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■「自分からすすんでやる」は、
ほめない、叱らない関わりの中から出てくる。
「子どもが、なかなか自分からすすんで勉強してくれない!」というお母さんに…
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■ほめることと、
叱ることはおなじ!?
東京大学助教授の汐見稔幸氏は、その著書「ほめない子育て」(栄光教育文化研究所刊)のなかで、「お子さんをほめなければいけないと思っていませんか?」ということを問いかけています。
ほめることがいけないというのではなく、「ほめることを使って子どもを自分の思うような子に育てようとしていませんか?」というのです。もしそうなら、「ほめることと叱ることは、同じことだといいます。
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■モチベーションには2種類ある?
それでは、ほめたり、叱られたりしないでも、子どもが自分からすすんで何かをやり始めるには、どんなことを大切にしたらいいのでしょうか?
子どもが何かをやろうとするときの動機付け(モチベーション)には二つのタイプが考えられます。
ひとつは、報奨やほうびをもらいたいからというもの。このほうびは物だけでなく、他人からの評価もあります。どちらにしても、そのきっかけは自分自身の内側ではなく、外側にあります。
もうひとつは、子ども自身が『おもしろそうだな』と興味関心を持ったり、できるようになりたいと思ってやり始めることです。大切にしたいのは、この自発的な動機づけであり、これを内発的動機付けと呼んでいます。この、内発的動機が起きるのを援助するものとして子どもとの関わりが重要になってきます。
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■なぜ内発的動機付けが必要?
汐見氏は、「外発的動機付けばかりを子どもに対して用いていると、行為、行動の基準が子どもの外側にあり、評価するのも子どもの外の存在になりますから、子どもは他人の顔色をいつも気にするようになる恐れがあり、しっかりとしたパーソナリティが育ちにくいのです。逆に、子どもが内発的動機づけで何かを始め、それができるようになったときに『あっ、できるようになった!』という、達成感や充実感が味わえ、子どもはその繰り返しで、だんだん自分に対する信頼感を作っていきます。それは、お母さんや、お父さんなどの大人の保育者たちによる、権力的な評価から、相対的に開放された世界で、自分自身を評価し、自分自身を育んでいけるのです。このように、内発的動機づけによって自分をつくりあげていくほうが、パーソナリティが健全に育つのです。」と言っています。
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■内発的動機で学ぶ「らくだ学習法」
私が、学びのアトリエ・すぺーす憧(しょう)という小さな教室を始めたのは今から7年前になりますが、この「内発的動機」を大切にした場を作りたいと思って始めたことを改めて思い起こしました。
自分の子に、もっと自立的な学習をしてもらいたいと考え、いろいろ情報を集めているうちに、「らくだ教材」に出合い、これが大人の評価から開放され、「内発的動機づけ」で学ぶことができる教材であり、それだけにとどまらず、私たち教室指導者が、「学習コーディネーター」という立場で、子どもたちの内発的動機づけを保証し、環境を整える役割を持つというシステムがあったからでした。
今、私の教室では、私が勉強しろと言わなくても、子どもたちは、日々たんたんと学び続けています。そこに、「自分で学ぶものを選べる」教材と、「子どもが自分で決める」約束があり、この二つに私が寄り添っているからだと思いますが、汐見氏の「ほめない子育て」を読んで、改めて、らくだ学習法は、内発的動機で学ぶ学習法だと再確認しました。
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■宿題をやってこなくても叱らず、やってきてもほめず。
私の教室では子どもたちが自分で宿題を決めるのですが、今週も、兄弟で通ってきている小4のS君と小1のK君は、毎日やると決めて約束した教材を2枚しかやってきませんでした。しかし、私は、「何で2枚しかやってこないの!」と責めることはありません。もしそこで私が怒ったら、これは私がプリントをさせたくてした約束になってしまいます。
約束した枚数のプリントができなくて、約束を破っても、困るのは私ではなく、子どもたち本人のはずです。子どもたちは約束した時点では、その枚数をやるつもりでいるわけですから、その約束を破ったことを責めないで、その子の状態を見ながら次を提案していきます。
また、中2のM子ちゃんは、この二ヶ月間、毎日欠かさずプリントをやっています。だからといって、「偉いねー、頑張ったねー」と、ほめることはありません。(私も、らくだの高校教材・数学をやっているのですが、毎日続けることがとても難しく、心の中ではM子ちゃんを尊敬しているのですが…)そのM子ちゃんは、プリントの間違えたところをもう一度丁寧にやり直すということが嫌いで、1枚のプリントが合格するまでに何枚もやっていましたが、ミス直しをきちんとしないと、なかなか合格しないということに気づいたことで「今、自分にとっての課題は、ミスを減らすこと」と、ミス直しに自分から取り組むようになりました。
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■自分の状態を知ったうえで、自分のペースで学ぶ
子どもたちが約束を破ったとき、私たち大人はそのことを責めたり、守れたときにはほめたりすることは多いと思いますが、らくだの学習では、そんなことをしなくても、子どもが自分でした約束を守れるように、あきらめずに、約束を何度もし直して子どもたちの「できない」状態に寄り添っていくことで、子どもたちは、自分に何ができていないのか、次にどうしたらいいのかを、記録表という自己情報をもとに自分で考えるようになります。
その地道な繰り返しの中で子どもたちは自分のペースで学ぶことに気づいていくのです。内発的動機付けで学ぶとは、自分の状態を知ったうえで、自分のペースで学ぶということなのだと思います。
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■「家庭にいてもホームレスの子どもたち」
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●3月31日から3日間、大阪で「学習コーディネーター養成講座」があり参加してきたのですが、その講座のゲストのお一人が佐々木敏明さんでした。
今60歳で、デザイナーや、イラストレーターなど、多種の職業を経て福祉法人施設のソーシャルワーカーを勤めたあと、現在、西成区鶴見橋にある株式会社ナイス「くらし応援室」(非営利部門)で、野宿生活者のしごと応援、くらし応援を業務とする就労支援ワーカーを勤めています。
ご自分の経済、職業、家庭的破綻による喪失感が野宿者問題への共感と関係性につながっているそうなのですが、これまでの労働や金銭に対する社会的通念や価値観をあらため、人間の新しい関わりかたを模索しているそうです。
その佐々木さんが話されたことの中で、一番印象に残っているのが、「私は、基本的にホームレスと野宿者を分けて考えています。違う問題だと思っています。現象として野宿者がいるわけですが、その背景にあるのは、在日朝鮮人問題であったり、沖縄での差別や、家庭、教育環境の劣悪さなど、さまざまな理由によってはじかれ、欠落したまま、履歴書の不要なところに寄せ集まっています。今は、野宿者のなかに若い連中が増えてきていますが、排斥される人間を生んでいる社会はやっぱりおかしいし、変えていく必要があると思います。
そういった野宿舎に対し、ホームレスというのは、例えばコンビニの前でたむろしている子どもたちなどを見ていると、家に生活している子でもホームレスなのではと思うことがあります。社会現象としては分けて考える問題だと思っています。」という言葉でした。
つまり、家庭にいてもホームレス状態になっている子どもがいるということを佐々木さんは指摘しているのです。
家庭の中で家族との関係の断絶が起きているということで、生活する家が存在しているにもかかわらず、家族という関係性の中での、コミュニケーションが存在しない、仮にあっても希薄な状況をホームレスと呼んでいるのでしょう。
今、引きこもりやニートなどの問題が取り沙汰されていますが、佐々木さんの言われるような「家庭があってもホームレス」という視点で子どもたちを見たとき、親や社会が、子どもたちとどういうコミュニケーションをとるかということが問われているのだと思います。
佐々木さんは、自らの喪失体験をもとに、社会の中の弱い部分に共感性をもつことと、関係性を大事にすることを軸に活動していると言います。就労支援をしながら、みんなが仕事をすることで自分を主張し、主人公になって欲しいという願いをもちつつ、互いにエンパワーメントしていくことで成長していくお手伝いをしているというのです。
大阪は、おばちゃんたちがやたら元気というイメージをもっていたのですが、どっこい、おっちゃんたちもけっこう元気で、なかなか渋いし、何よりも等身大でいきいきと暮らしているという感じがしました。
講座が終わって、近くの店で、狭いテーブルを8人で囲んで、お好み焼きや、どてやきをつまみながらの交流会が楽しくて、あっという間に時間が過ぎていきました。
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■考現学
日々の生活の中で、ふっと気づいたことを、考えずに、毎日、人に伝えることを前提に書く。書いたものは、誰かに見せて赤入れしてもらう。そして、発信する。その人の経験から、その人の言葉が生まれる。
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